憂は「憂えること、心配をすること」。
「心配」と言い換えると分かりやすい。
愁は「憂えること、思い悩むこと」。
「悩む」と言い換えると分かりやすい。
「憂」も「愁」も心がネガティブになることです。
「憂」は心配している気持ちが顔似出ることが語源になっています。
「愁」も秋の心ですから思い悩む秋の心の状態かも知れません。
「憂」は心配すること
「憂」は「憂えること、心配すること」で何かを心配することです。
熟語と用例は「悩み事を考えると憂欝になってしまう」「日本を心配する憂国の士が国会議員には少ない」「中国の故事に杞憂という言葉がある」「これは憂慮すべき事態だ」「まさに内憂外患だ」「憂さ晴らしでもするか」「このような憂き目になるとは」などがあります。
「愁」は憂えること
「愁」は憂え嘆き悲しむことです。
熟語と用例は「郷愁をそそる景色だ」「秋の旅は旅愁を感じる」「旅先で独りの時は弧愁を感じて物悲しくなる」「訳の分からない不定愁訴と診断された」「愁眉を開く」「愁嘆場を演じる」「彼女は愁色に満ちた顔つきをしていた」「妻子を事故で失った人の愁傷は計り知れない」などと使います。
「憂」と「愁」になる原因
「憂」になる原因は外部要因と言えます。
何かを心配することですから、自分ではなく外部のことを心配することです。
その結果「憂欝」になることはありますが、基本的には対象があるのです。
「憂国は国を憂えること」など。
「愁」はあることが原因で心が「愁」になることです。
「田舎の景色で郷愁をそそられた」などと使います。
「憂」と「愁」とは
「憂」は何かを憂える気持ちです。
語源は心と頭からなる字ですから、心の心配事が顔に出
ている様子のことを言います。
「憂国の士」「憂慮すべきこと」「憂欝な気持ち」「憂さ晴らし」「憂き目」など。
「愁」はあることが原因で心が晴れないことです。
「旅愁という歌」「郷愁を感じた」「愁傷は心の深い傷」などと使います。