奇天烈は「非常に奇妙に感じられること」。
何かがおかしいと感じられるような、そういう状況に対して使っていきます。
そんなに頻繁に使われる言葉ではありません。
摩訶不思議 は「非常に不思議な状況のこと」。
奇天烈と意味はそんなに変わりません。
摩訶不思議という言葉もたまに使われる程度です。
単純に不思議と表記する方がメジャーです。
「奇天烈」の意味
奇天烈とは、非常に奇妙に感じられることです。
普通とは違う、奇妙な雰囲気などを感じたときに使用する言葉であると言えるでしょう。
奇天烈と表現できるような光景は日常生活においてあるとは思われるものの、こういう表現を使う機会はそこまで多くないと思われます。
普段の生活の中でこれを見聞きすることはほぼないでしょう。
「摩訶不思議」の意味
摩訶不思議とは、非常に不思議な状況のことです。
言い方は多少ことなるものの、意味を説明するときには奇天烈とほぼ同じになります。
摩訶不思議に関しては、単に不思議とだけ表現することもあります。
だから、摩訶不思議と表現する機会はあまり多くありません。
しかし、これは多くが恐らく知っている言葉になると言えるでしょう。
「奇天烈」と「摩訶不思議」の用法や用例
「奇天烈な行動をとると、なんだか違和感を覚える。
不審者なのではないかと身構えてしまうし、悪い意味で目立つだろうな。
だから、そういう行動はできるだけ控えたいと思う。」
「この世界というのはいろいろな摩訶不思議な部分があるよ。
すべてが解き明かされているわけではないし、まだまだ分からないことだらけと言っても過言ではない。」
奇天烈と摩訶不思議は基本的に同じ意味
奇天烈と摩訶不思議はともに不思議に感じられる、奇妙な感じがする状況などに対して使われる言葉です。
したがって、自分の感覚で違和感を覚える状況などがあれば、どちらも使うことができるでしょう。
両者ともにそんなに有名な言葉ではないので、頻繁には使われません。
そして、摩訶不思議は単に不思議とだけ言う場合もあります。