たたずむは「ある目的を持ちその場に立っていること。」
「立ち止まる」と言い換えると分かりやすい。
立ち尽くすは「何らかの原因でその場に呆然と立っていること」。
「突っ立つ」と言い換えるとわかりやすい。
「たたずむ」は平常心で、「立ち尽くす」は「呆然自失」で立っていることです。
「たたずむ」は情緒が感じられる言葉ですが「立ち尽くす」は呆然自失の状態なのです。
「たたずむ」は立ち止まるということ
「たたずむ」は「佇む」と書き、「立ち止まる、待つ」という意味があります。
「佇まい」という言葉にもなっています。
「ひっそりと建っている家屋のこと」を言います。
「たたずむ」は何か目的があり行うものになり、例えば人を待つこと、景気を眺めること、花を観賞していることなどが考えられます。
感慨深げに立っている様子に感じます。
「立ち尽くす」は呆然自失状態のこと
「立ち尽くす」は「たたずむ」とは異なり、心ここにあらずと言った放心状態で長い時間ただ立っている様子を言います。
「彼は驚きのあまり立ち尽くし、しばらくその場から離れることができなかった」「雨の中、呆然と立ち尽くす姿が印象的だった」「彼がショックを受けたのは立ち尽くしたことでも分かる」「順番を待つ間、ずっと立ち尽くしていたので、すごくくたびれてしまつた」などと使います。
「たたずむ」と「立ち尽くす」は異なる原因
例えば「橋の上で人が立っている場面」では、どのようなことで立っているのか分かりません。
「川の流れを見て楽しんでいる」のか、「彼女と喧嘩別れをした直後」なのかは分かりませんが、「立っている」の表現は前者では「橋の上で人がたたずむ」となり、後者は「橋の上で人が立ち尽くす」となるのが自然です。
同じ「立っている」でも理由により表現が異なります。
「たたずむ」と「立ち尽くす」とは
「たたずむ」は何かの目的でその場に留まっていることです。
例えば、人を待つ、景色を眺める、花をめでるなどが考えられますが、ひっそりとした情緒を感じる言葉です。
一方の「立ち尽くす」は何かショックを受けたため、その場から離れることができず、我を忘れて呆然自失の状態になっていることです。
「たたずむ」はほどなく移動するのですが、「立ち尽くす」は長時間になることが予想されます。