春眠暁を覚えずという言葉は、聞いた事があるのではないでしょうか。

では、これは具体的にどのような意味なのでしょうか。

春眠とは、そのままの意味で、春に眠る事を指します。

春の夜は寝心地が良く、ぐっすりと眠れる事から、暁(夜明け)になった事にも気付かずに眠ってしまう、という事を意味しています。

夜明けになった事にも気づかず寝入ってしまうという事は、裏返せば、普段は、夜明けとともに起きる習慣を送っているという事でもあります。

これは、孟浩然が早起きの生活を送っていたのか、唐の時代の人々の習慣なのか分かりませんが、夜明けと共に起きる生活は、健康的にも良さそうですよね。

作者の孟浩然とは?

「春眠暁を覚えず」の詩は、中国の唐時代(618~907年)の詩人、孟浩然(689~740年)が作った詩の一部です。

孟浩然は、春暁(春暁)という詩を作った事で有名であり、中国の有名な詩人、王維、李白、杜甫などから尊敬されていた人物です。

杜甫は、「国破れて山河在り」で有名な春望と呼ばれる詩を作った人物で、おそらくこの詩は誰もが知っているのではないでしょうか。

そのような杜甫に尊敬されていた孟浩然の歌も、日本で知らない人はいないのではないか、と思われます。

唐の時代は、夜に明かりを使う事もぜいたくだった

また、昔は、現代のように電気などもなく、夜は、ろうそくなどの明かりを灯して過ごしていたのですが、明かり自体が高価だったため、夜に明かりを使う事がためらわれたそうです。

実際に、中国の詩にも、

昼は短くして夜の長きに苦しむ、何ぞ燭をとって遊ばざる

という歌があります。

ここでは、燭は当時高価だったのですが、その費用を惜しむよりも、夜に明かりをつけて遊ぼうではないか、という事が歌われており、当時の時代背景などを伺う事ができます。

そのため、人々は、夜に明かりを使う事ができず、必然的に夜は早く寝て、朝日の出と共に起きるという生活を送っていたのかもしれません。

この他にも、唐の時代の頃は、暁とは、夜中の2~4時を指していたという説もあり、この時間に起きていたという事は、相当な早起きになります。

このあたりの機微は、当時の人々に聞いてみない事には、分からないかもしれません。

「春眠暁を覚えず」の全文

また、春眠暁を覚えず、という詩は、春暁という詩の初めの部分であり、この後には続きがあります。

春眠不覚暁
処処聞啼鳥
夜来風雨声
花落知多少

春眠 暁を覚えず
処処 啼鳥を聞く
夜来 風雨の声
花落つること 知る 多少ぞ

これが、春眠暁を覚えず、という詩の全体です。

全体の意味としては、

春の夜は気持ちよくて夜明けに気付かないくらい眠ってしまう
あちこちで鳥の鳴く声が聞こえてくる
昨夜は風雨がひどかったから
花はいかほど散った事か

という歌になります。

日常の風景の中に詩情を見出した傑作

「春眠暁を覚えず」は、このように全体像を見てみると、春の日常的な風景を歌っていて、とても良い詩だという事が分かります。

全体的な雰囲気から、落ち着きの中に染み渡るような詩情がある事が分かるのではないでしょうか。

いずれにしても、春の日の朝の何の変哲もない日常の中に感慨深い思いを見出して、それを巧みに歌い上げた、良い詩だという事ができるのではないかと思います。

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