がむしゃらは「向こう見ずな状況で、物事をめちゃくちゃに行うこと」。

がむしゃらに関しては、一般的にはいい意味で使われることが多いように思われますが、元々の意味はそうとは言い切れない面を持っています。

無我夢中は「対象となるものに心を奪われてしまい、ひたすら特定のものに執着すること」。

要するに目の前が見えない状況で、他のものが手につかない状況と言えるでしょう。

「がむしゃら」の意味

がむしゃらとは、向こう見ずな状況で、物事をめちゃくちゃに行うことです。

向こう見ずということで、後先を考えない、さらにその物事について常識外れのような取り組み方をしていく際に使っていく言葉です。

したがって、がむしゃらに関しては必ずしもいい意味で使われる言葉ではありませんし、悪いイメージを連想させる言葉です。

「無我夢中」の意味

無我夢中とは、対象となるものに心を奪われてしまい、ひたすら特定のものに執着することです。

特定の物事に集中してしまう状況で、それ以外のことに手が回らないケースで使っていきます。

無我夢中に関しても必ずしもいい意味とは言えず、悪い意味で使うことも可能と言えます。

したがって、無我夢中についてもそういった面は覚えておきましょう。

「がむしゃら」と「無我夢中」の用法や用例

「何事にもがむしゃらで取り組む姿勢はいかにも若者らしい。

しかし、がむしゃらに取り組むことはデメリットもあるから、そこに関しては気を付けてもらいたいと思うのだ。」

「無我夢中な状況だと、他の物事に気を配る余裕が持てない。

だから、そういった状況は必ずしも理想的とは言えないだろう。

いいイメージの言葉ではあるわけだが。」

がむしゃらと無我夢中はともにリスクのある行動を指している

がむしゃらは後先考えないで、めちゃくちゃな取り組み方をするという意味で、無我夢中は特定の物事だけに集中して、他のことに手が回らない状況を指しています。

したがって、両者は意味はちょっと違う状況です。

しかし、これらはともにリスクのある行動という評価ができ、良いイメージのある言葉ではありますが、悪いイメージも同時に存在すると言えるでしょう。

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