王手は「将棋で次の一手で詰む手のこと。」
「詰み宣言」と言い換えると分かりやすい。
王手飛車取りは「将棋で王と飛車に同時に当たりをする手のこと」。
「両当たり」と言い換えると分かりやすい。
どちらも将棋の言葉ですが、日常の出来事でも使われる言葉になります。
「優勝に王手が掛かった」「王手飛車取りとはうまくいったものだ」などと使います。
「王手」は次の一手で詰むということ
「王手」は将棋で詰みとなる王を取られる一手前のことです。
相手に「王手」を掛けられたら、当然「王を取られない手」を打ち応戦します。
しかし、応手が尽きると詰みになりますが、そこまで見越した「王手」は「詰め路」に至る初手で「勝の一手」になるのです。
現実社会では「格闘技の団体戦で七番勝負の試合を三番勝ち進み、勝利に王手を掛けた」「トーナメント試合で予選を勝ち上がり、遂には決勝に進み優勝に王手を掛けた」と使います。
「王手飛車取り」は王と飛車に両当たりをする一手のこと
将棋では「王手」だけでなく、同時に「飛車取り」をされるのでほぼ負け勝負になります。
当然その場合は王が逃げるので飛車は犠牲になります。
へぼ将棋を揶揄したことばで「王より飛車を可愛がり」というのがありますが、王を犠牲にして大事な飛車を守るという選択をするので、将棋が分かっていないことのたとえです。
現実社会でも大事なものを同時に失う羽目になりそうなときに、苦渋の選択をしてどちらか大事な方を助けるのです。
「王手」は逃げられても「王手飛車取り」は飛車を犠牲にしなければ王は助かりません。
「王手」の応酬でも逃げ切れる可能性はありますが、「王手飛車」を懸けられるとほぼ負けの形勢になります。
「王手飛車」は大事な飛車を犠牲にすることで王を逃がすことが出来るのです。
「王手飛車取り」は自分取っては「両天秤を懸ける」「両得をする」意味が有り、相手にとっては「二者択一を迫られる」「苦渋の決断をする」「英断をする」などの意味を含みます。
「王手」と「王手飛車取り」とは
「王手」は将棋の言葉で次の一手で詰むことを言います。
「王手」は逃げるか合いの手を打つかで防戦しますが、「詰め路」になっていると逃げられません。
試合で次に勝てば勝利や優勝というときに「王手を掛けた」と言います。
「王手飛車取り」は「王手飛車」とも言い、その手を打たれると形勢を損ない負け勝負になります。
自分に取り「両得なこと」「両天秤を懸けられること」で有利なのですが、相手にとっては「二者択一・苦渋の選択」となるのです。