付和雷同は「自分の中に意見が存在せず、むやみに他人の意見に同調すること」。

周りの意見に同調するだけの態度をとったときに使われる言葉で、非難の意図があって使います。

雷同一律は「自分の中に意見が存在せず、むやみに他人の意見に同調すること」。

意味は付和雷同と同じです。

しかし、こちらは日常生活ではあまり使われないので、マイナーの扱いになってしまいます。

「付和雷同」の意味

付和雷同とは、自分の中に意見が存在せず、むやみに他人の意見に同調することです。

他人に同調するという態度を示すのが無難と判断したようなシーンで使っていきます。

自分の中にこれといった意見がないので、自分の意見を主張することができないという事情もありますが。

とにかく他人に追随するような傾向が見られる人に使うことが想定される言葉なのです。

「雷同一律」の意味

雷同一律とは、自分の中に意見が存在せず、むやみに他人の意見に同調することです。

基本的な意味は付和雷同とほぼ変わりません。

したがって、全く同じ場面で使用することができます。

でも、付和雷同は聞いたことがある人が大半でしょうけど、雷同一律に関しては知らない人も割といると思われるので、知名度には大きな差があるでしょう。

「付和雷同」と「雷同一律」の用法や用例

「他人に同調しておくというのは、ある意味揉め事を起こさない手段としては優秀だが、そういう付和雷同な態度ばかりとると、次第に嫌われる可能性があるから注意しないとな。」

「雷同一律という言葉は、他人に常に同調するような態度をとっている人に使う言葉だ。

ただ、一般的にはあまり知られていないから、実際に使用しても意味が通じない可能性もある。」

付和雷同と雷同一律は意味は完全に同じ

付和雷同と雷同一律については、意味の違いは基本的に存在しません。

したがって、両者は全く同じ意味として使うことになるのです。

ただ、それぞれの言葉は知名度には差があります。

一般的に言えば、付和雷同はそこそこ有名ですけど、雷同一律は知らない人もそこそこいると思われるので、そこに大きな違いがあると評価できるのです。

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