警戒感は「不利なことが起きるのではと用心する様子のこと。」
「用心」と言い換えると分かりやすい。
不信感は「相手が信用出来ない様子のこと」。
「相手否定」と言い換えると分かりやすい。
警戒感と不信感は裏腹の関係にあります。
警戒感があるから不信感があり、その反対もあるのです。
安心感と信頼感の関係と同じことなのです。
「警戒感」の根底は不信感
「警戒感」は「不信感」により引き起こされる感情です。
相手から危害を受けることや不利な扱いを受けるのではないかと言う「不信感」が根底にあるのです。
そのため、ことある毎に用心をすることになります。
安心感や信頼感は微塵もなくなり、出来たら決別したいという気持ちになります。
例えば自由主義から見た社会主義は不信感や警戒感が常にありイデオロギー対立は果てしないものに感じます。
「不信感」は「警戒感」の元
「不信感」を持つようになると必然的に「警戒感」を持つようになるのです。
相手が信用出来ないので、何をするか分からないという警戒感を持つのは自然なことです。
ことあるごとに相手に悪感情を持ち、貶める行為や卑しめる行為を平然とするようになります。
「不信感」を持たれた側は逆に「不信感・警戒感」を持つようになるのも自然なことです。
このように二者の関係は切れるのです。
「警戒感」と「不信感」はセット
「警戒感」は「不信感」により生まれますから、この二つの感情はセットになっていると言えます。
「不信感」は信頼関係が崩れた時に生まれるのですが、何か気に入らないことがあればことある毎にいやがらせをして「不信感」をあおります。
それが嵩じれば、お互いに「警戒感」を持つようになり、ついには破局を迎えるのです。
「警戒感」と「不信感」とは
「警戒感」は相手から危害や不利なことを、されるのではないかと用心してしまうことです。
「警戒感」を持つ前に既に「不信感」が芽生えていることが普通ですから、信頼関係は破綻し仲間意識もなくなり、相手の言動を良く見て居れば「警戒感」は生まれるのは止むを得ないことなのです。
「安心感・信頼感」とは真逆な関係になると相手を誹謗すること、貶めることをするようになります。
そうなれば関係は終わりになります。