悲壮は「悲しいと感じられる状況の中でも、立派に思える部分が存在していること」。
悲しいと誰もが思えるシチュエーションにおいても、立派に振舞う姿などに対して使われる言葉です。
悲愴は「悲しくて、さらに痛ましい状況のこと」。
悲壮はマイナス面のみならず、プラスの面も存在している意味でしたが、悲愴は基本的にマイナス面のみとなっているので、そこが特徴であると評価できるでしょう。
「悲壮」の意味
悲壮とは、悲しいと感じられる状況の中でも、立派に思える部分が存在していることです。
マイナス面のみならず、プラスの面も一応感じられる、そんな雰囲気などに対して使っていく言葉です。
たいていは第三者が使用する言葉であり、他人に対して使っていくことが多いでしょう。
でも、滅多に使う言葉ではないと評価できますが。
「悲愴」の意味
悲愴とは、悲しくて、さらに痛ましい状況のことです。
悲しいという状況のみならず、痛ましいという状況も含んでいるため、基本的になマイナス面しか見出せない言葉であると評価できます。
そういう意味では、悲壮とは明らかに違った部分を持っているのです。
悲愴に関しては、言葉自体もややマイナーですし、かなり低い頻度でしか使われないでしょう。
「悲壮」と「悲愴」の用法や用例
「あの人はこういう状況にあっても悲壮な思いを持ち続けている。
悲しい気分の中でも、前向きな気持ちを忘れないという点は、綿sたちが見習うべき箇所じゃないのかな。」
「この事故現場は完全に悲愴感が漂っている。
見るも無残な状況であり、言葉に詰まってしまうような光景と言えるだろう。
2度とこんな場面には遭遇したくない。」
悲壮と悲愴は明確に区別できる
悲壮と悲愴はともに悲しいという意味がふくまれたことばではありますが、悲壮はさらに立派と感じられる面があり、悲愴は痛ましいと感じられる面があるときに使っていきます。
したがって、両者は似ている部分もあるものの、違う部分もちゃんとあるということです。
だから、両者はちゃんと区別できるポイントがあるので、そこを知っておくといいでしょう。