肩を持つは「対立している人たちのうち、一方の味方をすること」。
つまり、争っている人たちの一方について、力になるようなシーンで使っていくのです。
擁護するは「特定の人間の味方をすること」。
争っているかどうかに関係なく、誰かの味方をするようなシーンで使っていく言葉です。
たいていは誰かから一方的に責められているシーンで使っていきます。
「肩を持つ」の意味
肩を持つとは、対立している人たちのうち、一方の味方をすることです。
対立しているうちの一方につくわけですから、加勢するような状況と言えるでしょう。
肩を持つ人がいると、持たれた側は非常に心強い状況となり、争いを有利に進めていくことが可能となります。
だから、肩を持つ行為は特定の争いの趨勢を変える力があるのです。
「擁護する」の意味
擁護するとは、特定の人間の味方をすることです。
たいていは誰かから一方的に責め立てられている人間の味方をする状況で使います。
その人間が悪いと指摘されている中で、必ずしもそうとは言えないといった立場の反論をしていくのです。
擁護するは対立の状況がなくても使えるので、肩を持つよりも頻繁に使用できる可能性があります。
「肩を持つ」と「擁護する」の用法や用例
「両親が喧嘩をしていると、どちらの肩を持つべきか悩むんだよな。
どっちの肩を持っても円満な解決にならなそうだし。
どっちの味方もしない方が良いのかもしれない。」
「上司に怒られている部下がいたから、気になって詳細を聞いてみたら、一概に部下の方が悪いとも言えない状況だと分かった。
だから、擁護する余地は大いにあるだろうと思うんだ。」
肩を持つと擁護するは使うシチュエーションが違う
肩を持つと擁護するは、どちらも特定の人間の味方をしていくときに使います。
したがって、その点ではかなり共通点を持った言葉です。
しかし、肩を持つは対立の状況にあるときに使っていきますけど、擁護するはそういった状況がなくても使えるので、そこは違いと言えるでしょう。
どちらも割と馴染みを感じやすい言葉であるはずです。