大同小異は「だいたいは同じと言えるものの、細かい部分で微妙な違いがあること」。
大雑把に言ってしまえば同じと言える状況ではありますが、細かいところを見ると一応の違いはある状況です。
同工異曲は「違っているように見えるものであっても、結局はだいたい同じであること」。
このような意味なので、大同小異とほぼ同じ意味であると評価できるでしょう。
でも、大同小異よりはマイナーな言い方になります。
「大同小異」の意味
大同小異とは、だいたいは同じと言えるものの、細かい部分で微妙な違いがあることです。
大雑把に言えば同じですが、細かく言えば違うと言えるような微妙な状況を指しています。
したがって、人によってどちらで捉えるか、違いが出そうなケースにおいて使っていく言葉であると言えるでしょう。
ある程度有名な言葉であるため、知っている人は多くいると思われるのです。
「同工異曲」の意味
同工異曲とは、違っているように見えるものであっても、結局はだいたい同じであることです。
違っていると言えば違うものの、同じと言えば同じと評価できるような、微妙な違いしか存在しないケースで使っていきます。
そういう意味では、大同小異との違いはほぼないと言える状況です。
大同小異と比較すると、知名度はそんなに高くないので、知らない人ももしかしたらいるかもしれない表現です。
「大同小異」と「同工異曲」の用法や用例
「こんなものは大同小異と言える範囲だろう。
誤差の範囲というか、どっちともとれるような状況だ。
ほとんど違いなんてないんだから、気にするだけ無駄と言えるはずだよ。」
「確かに違うと言えば違うかもしれないが、これは完全に同工異曲の状況だ。
この程度の違いはもはや違いにならない。
気にしていたらキリがないと言えるだろう。」
大同小異と同工異曲は同じ意味と言える
大同小異と同工異曲は同じ意味と言える状況でしょう。
これらは違いは確かにあるとしても、その違いがあまりにも些細であるために、同一の状況であるとみなした方が適切であると評価できるようなシーンで使っていく言葉です。
したがって、大雑把に見れば違いなんてない、全く同じだという見方をしていくときに使用することになります。