「一律」と「画一」の違い・意味と使い方・由来や例文

B!

一律は「個々の事情を考慮しないで同じように扱うこと。」

「一斉」と言い換えると分かりやすい。

画一は「個性を無視して全体的に同じに扱うこと」。

「全体的」と言い換えると分かりやすい。

一律は例外を認めずにすべてを一度に扱うことです。

画一も全体を優先する考えで一律と似ている所があります。

「一律実施」「一律給付金」「画一教育」「画一的指導」などの言葉があります。

「一律」は例外がありません。

「一律」は例外がないことで底辺には平等な考えがあります。

もし、例外を認めれば不公平感が生まれるのです。

「全部まとめて一緒に」と言うことです。

例えば「給付金」を対象となる国民に一律に給付する政策では例外はありませんでした。

対象外の人は例外ではありません。

仮に所得制限や年齢制限を設けることは、一律とならず例外となるため不満が出るのです。

「画一」は行うことが同じになること

「画一」は「画一教育」で使われます。

同じ教育内容を生徒に行うというもので、生徒個人の性格や個性・能力は余り重要視されません。

全員が同じように出来ることが重要視されています。

「画一的」と言う言葉には否定的なニユアンスがあります。

画一教育も個性を考えない点では否定されるものかも知れません。

「戦後の教育は画一教育だったので批判された」と使います。

「一律」「画一」は概念が重なります。

「一律」は全体が一緒にと言うことですから、「画一」と共通するものがあります。

「一律」は「一律実施」など一斉にと言う意味もあり「画一」の全体を一緒にと言う意味と重なるものがあります。

「一律」の平等と言う考えは「画一」にも通じるものですが、平等にすることが個性を埋没させることになるので、「一律平等」と「画一平等」は性格が異なるということです。

「一律」と「画一」

「一律」は平等に一斉に例外なくあることを実施することです。

「画一」は同じ内容を平等に実施することです。

いずれも「同じ・平等・同時」などのキーワードは共通しています。

しかし、例外を認めないこと、同じ内容であること、個性がないことなど批判的な要素もあるのです。

どちらも良い面もあり、悪い面もある言葉です。

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