「土偶」と「はにわ」の違い・意味と使い方・由来や例文

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「土偶」は、土をこねて作った人形です。

「土人形」のことです。

人物や動物をかたどった「土製品」です。

「体」で数えられます。

英語では「a clay figure」で表されます。

「埴輪・はにわ」は、古墳の上部や周囲に並べられた素焼きの土器のことです。

「埴輪」は「体」「本」「点」で数えます。

人・動物をかたどったものは「体」で数え、細長いものは「本」で数えます。

出土品を数える場合は、「点」で数えます。

英語では「a clay image」で表されます。

「土偶」の意味

「土偶」は、新石器時代から、エジプト・メソポタミヤ・中国など世界各地で古代より制作されていました。

初めは宗教的・呪術的な物でしたが、後には、墳墓の副葬品や玩具となりました。

中国の殷代では、俑(よう)と称する人物・動物などの陶製像が墳墓に副葬されました。

日本では、縄文時代早期に出現しに盛んにつくられました。

しかし、縄文時代晩期から弥生時代初頭に消滅します。

彫刻表現には時期により相違があります。

人物土偶はいずれも女性を象徴しています。

農耕社会に於いて、生殖や豊穣と関係する生産神の地母神崇拝を表すものといわれます。

弥生時代には土偶の遺例はありません。

古墳時代には、埴輪土偶と称する形状埴輪(家形・器形・動物・人物)があります。

<縄文時代>
紀元前1万年前後に始まり4世紀頃まで継続しました。

横穴式住居に居住し、集落を形成しました。

採取・漁労・狩猟の採取経済の段階にあり、農耕の開始については議論があります。

遺跡異物は千島列島から沖縄まで分布しています。

縄文土器が製作・使用されました。

三内丸山遺跡や鳥浜貝塚などの遺跡が有名です。

「埴輪・はにわ」の意味

日本の古墳の装飾として墳丘上、あるいはその裾部分に並べて置かれた土製品のことです。

以下の2種に区分されます。

①円筒形・・・円筒埴輪
(ア)円筒形は、弥生土器の祭祀等のツボを乗せる器台(特殊器台・特殊壺)から発展したとされます。

(イ)円筒形は、墳丘の装飾として、あるいは墳域を示すために置かれます。

②人物・家・動物・器材・・・形状埴輪
(ア)葬送の儀礼、または、祭司などに関連して、墳丘の頂部や上部に置かれました。

(イ)衣服や装飾品や武器など当時の生活を表す物が多くあります。

(ウ)素朴な中に感情を豊かに表現しています。

埴輪に起源については、記紀の中の「野見宿祢の伝説」に見られます。

彼の献策により家臣の殉死に代わって「埴輪」が始まったとされます。

垂仁紀「その土物(はに)を初めて日葉酢媛命の墓に立つ。

よりて、この土物を号して「埴輪」といふ」とあります。

「古墳」について

「古墳」は、土を高く盛り上げて造った古墳時代の墓のことです。

形状によって円墳・方墳・前方後円墳などがあります。

中国や朝鮮にも見られます。

3~7世紀、豪族の有力者たちが盛んに造営しました。

多くの場合、石を積み上げて「横穴式石室」をつくっています。

副葬品には、「鏡」「玉」「剣」「武具」「馬具」などがあります。

墳丘周辺からは埴輪も出土します。

「土偶」は、縄文時代につくられた土人形
「はにわ」は、古墳の上部や周辺を装飾するための土製器です。

「土偶」は、縄文時代の遺跡から出土する素焼きの土人形のことです。

女性像が多く、呪術的・宗教的意味を持っているされます。

弥生時代には土偶の遺例はありません。

古墳時代には、埴輪土偶と称する形状埴輪(家形・器形・動物・人物)があります。

日本の古墳の装飾として墳丘上、あるいはその裾部分に並べて置かれた土製品のことです。

語義は、「埴土で作った円筒」とされます。

円筒埴輪と形状埴輪があり、前者は古墳の聖域を示し土留めの役割もありました。

形状埴輪は、家や動物や人物をかたどり発達しました。

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