「殺風景」と「荒涼」の違い・意味と使い方・由来や例文

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殺風景は「景色などにおいて、目を楽しませるものがない状況であること」。

特別に何かを感じるものがなく、いたって普通といったケースで使っていく言葉になります。

荒涼は「荒れ果てていて、寂しいと感じる風景のこと」。

見ごたえのある部分が全くないという意味では殺風景に近いですが、荒涼の場合には寂しさを感じるような点も特徴です。

「殺風景」の意味

殺風景とは、景色などにおいて、目を楽しませるものがない状況であることです。

見た目においてプラスの感情を覚えるような部分が一切感じられない、要するに見ていてつまらないと言える光景に対して使っていくのです。

これは自然の風景においても使えますが、特定の建物や部屋の中などにおいても使うことができます。

かなり有名な言葉です。

「荒涼」の意味

荒涼とは、荒れ果てていて、寂しいと感じる風景のことです。

見張るべき部分がないからこそ、寂しいと感じるような状況があるため、荒涼に関しては、意味は殺風景に割と似ていると評価できるはずです。

でも、殺風景と比較すると、あまり知名度は高くありません。

そのため、荒涼を使用する機会はそこまでないという評価ができると言えます。

「殺風景」と「荒涼」の用法や用例

「前々から思っていたんだが、この部屋は完全に殺風景な状況だ。

したがって、何かしらインテリアを購入して、少しくらいオシャレにしてみようかなと思うんだ。」

「この街はいまはそれなりに栄えてはいるが、以前は荒涼とした雰囲気のエリアだったんだ。

人はあまりいなかったし、かなり寂れた状況だったから、そのときとはかなり変わったよな。」

殺風景と荒涼は似ている部分がある

殺風景と荒涼は完全に同じ意味の言葉というわけではありません。

しかし、似ている部分があるのです。

どちらも特定の光景などに関して、目を見張るべき部分がない、全く楽しめないという意味で使えます。

だから、言葉のイメージとしては同じような方向性であると評価できるでしょう。

でも、使う場面は同じではありませんけど。

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