「見にくい」と「見苦しい」と「醜い」の違い・意味と使い方・由来や例文

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見にくいは「正確に見ることが難しいこと」。

「見づらい」と言い換えると分かりやすい。

見苦しいは「見るに堪えない状況のこと」。

「ひどい」と言い換えると分かりやすい。

醜いは「きれいでないこと」。

「くずれ」と言い換えると分かりやすい。

「見にくい」の反対は「見やすい」、「見苦しい」の反対は「見良い」、「醜い」の反対は「美しい」となります。

「見にくい」はハッキリ見えないこと

「見にくい」は「見づらいこと、ハッキリと見えないこと、正確に見えないこと」などの意味になります。

「マスクのせいでメガネが曇って見にくくなった」「霧がかかり山頂は見にくいようだ」「文字が小さくて遠くの案内板は見にくい」「パソコンの文字が見にくいので倍率を150%にした」「夜間の運転は光がまぶしくて見にくくなる」などと使います。

「見苦しい」は見るに堪えないこと

「見苦しい」は態度がハッキリせず言い訳ばかりしている態度のことです。

見るに堪えない態度と言うことです。

「言い訳は見苦しいと批判される」「人のせいにする態度は最も見苦しいものだ」「潔い態度は見苦しさを微塵も感じられない」「見苦しい!」「10人が10人とも違うということを大国が本当だというのは大変に見苦しい態度だ」などと使います。

「醜い」は崩れていること

「醜い」は「みにくい」ですから「見にくい」とは同音異義語になります。

「醜い」は「見ることに苦痛を感じる」ことです。

「醜いアヒルの子は白鳥の子」「醜い人は心まで醜いとは限らない」「大勢の前で醜い姿をさらす」「ドラクロアの醜い絵画」などと使います。

「醜」の原義は「意味嫌うこと」で、転じて「醜い」となりました。

見た目が崩れている様子を言います。

「見にくい」と「見苦しい」と「醜い」とは

「見にくい」は「ハッキリと見えないこと」、「見苦しい」は「態度がハッキリしないこと」、「醜い」は「形が崩れていること」を意味します。

これらの言葉は発音が同じか似ている言葉になります。

「最近景色が見にくくなったのはどうやら白内障のせいも知れない」「言い訳に終始した会見は見苦しいものだった」「ドラクロアの絵画は醜いものが多い」などと使います。

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