「一意攻苦」と「一心不乱」の違い・意味と使い方・由来や例文

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一意攻苦は「一途に自分の心身を苦しめながら努力すること」。

自分の心身が苦痛を感じることを厭わないで、努力することに集中しているという意味で使っていく言葉です。

一心不乱は「一つの物事だけに集中しているため、他のことを考えたりすることで心が乱れることがないこと」。

1つのことだけに集中できる、優れた集中力を持っているときに使われます。

「一意攻苦」の意味

一意攻苦とは、一途に自分の心身を苦しめながら努力することです。

1つのことだけに集中しながら、心身を傷めつけながら頑張るという意味の言葉です。

苦痛を伴いながらも努力を続けるときによく使われる表現なので、そういう経験をしている人は少ないかもしれません。

単なる努力ではないという部分がポイントになるでしょう。

「一心不乱」の意味

一心不乱とは、一つの物事だけに集中しているため、他のことを考えたりすることで心が乱れることがないことです。

他のことを考えている余裕がないという意味でも使っていきます。

一心不乱に何かの物事に集中するという光景は普通にありえますし、この言葉自体かなり有名なので、多くの人たちが使ったことがあるかもしれないです。

「一意攻苦」と「一心不乱」の違い

「一意攻苦に頑張ることを続ければ、結果を出すことができるだろうが、それに加えて精神的に強くなれるんじゃないかと思う。

そういう意味でも必要な行為だと言える。」

「一心不乱にこれまで野球に取り組んできた結果、子供の頃からの夢であるプロ野球選手になることができた。

やっぱり努力をし続けることは重要なんだと学ぶことができたよ。」

一意攻苦と一心不乱の違いは微妙

一意攻苦と一心不乱はともに特定の物事だけに集中して、努力を続けるという意味の言葉です。

そういう意味では、両者はそんなに違いはありません。

でも、一意攻苦は心身に苦痛を感じながら行うので、そこは一応の違いになりますが。

また、知名度で言えば一心不乱の方が確実に有名ですし、使用頻度も高いと言えると思われます。

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