「耳が痛い」と「苦言」の違い・意味と使い方・由来や例文

B!

耳が痛いは「自分の欠点や弱みに関することを聞くことが恥ずかしいこと」。

「恥」と言い換えると分かりやすい。

苦言は「言い難いことを敢えて相手に諫めること」。

「諫め」と言い換えると分かりやすい。

「耳が痛い」は聞きたくないことを言われることで、弱みを突かれることになり聞いている方は恥ずかしいことになります。

「苦言」を呈することは人に対して正論を言うことで、言動を諫める場合に行われます。

どちらも似た言葉になります。

「耳が痛い」は良く使う言葉

「耳が痛い」は物理的なことではなく、恥ずかしい言葉を聞くことです。

言葉は耳を介するものですから、「耳」を比喩的に使っているのです。

自分にある欠点や短所、過去の失敗、弱みなどに関係した話や会話を聞くと、「耳が痛い」となるのです。

日常では会話の中で良く起こることになります。

冗談交じりに言われることもあり、悪意はないものがほとんどです。

「苦言」は呈するもの

「苦言」は人の言動が目に余る場合、周囲が行なうものになりそれを聞く人は「耳が痛い」事になります。

何とか言動を直してもらいたいという気持ちから行うもので、目上にも目下にも使われます。

「苦言を呈する」と使います。

目的はあくまでも本人のためを思うことですから、言いにくいことを言うことを行います。

従って、悪意ではなく善意の行為になります。

「苦言」は「耳の痛い」もの

「苦言」を呈すると受けた方は自分の言動が常識外れで、間違っていることを認める必要に迫られます。

力が強ければ無視する事もできますが、弱い立場では受け入れざるを得ません。

どちらにしましても「耳の痛い」ことには違いありません。

世界では独裁者の横暴が多くあり、側近が「苦言」を呈しても粛清されてしまいますから誰もそのようなことをしません。

「耳が痛い」と「苦言」とは

「耳が痛い」は良く使う言葉で、自分の欠点や弱みを言われることや聞くことで恥ずかしい思いになることを言います。

善意の場合がほとんどになり、「苦言を呈する」ことと同じなのです。

しかし、時と場合により「苦言」は命に関わることでもあります。

元々言いにくいことを言いい相手を諫めることですから、誰も進んではしようとはしません。

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