略儀は「無作法なことを詫びる言葉のこと」。 「失礼」と言い換えると分かりやすい。 略式は「形式を省略すること」。 「不躾」と言い換えると分かりやすい。 「略儀」や「略式」は失礼や無作法を詫びる断りの言葉です。 何について「略」してしまい詫びているかと言うと、「本来であれば、直接会って申し述べるところですが」と言う形式的...
新着記事
臨場感は「あたかもその場に実際いるような感覚のこと」。 「現実感」と言い換えると分かりやすい。 現実味は「現実になりそうな感覚があること」。 「実現性」と言い換えると分かりやすい。 「臨場感」はその場にいるような錯覚が起きることです。 ステレオで音楽を聴くことや会話を聞くことは、あたかもその場にいるような感覚に陥るので...
代案は「代わりとなる案のこと」。 「代替案」と言い換えると分かりやすい。 対案は「対抗となる案のこと」。 「対抗案」と言い換えると分かりやすい。 検討されている案は評価を受けず没となったために、代わりの案として出されたものを「代案」と言います。 「対案」は見当するのにもう一つの案が欲しい時に出される案を「対案」と言いま...
大勝は「勝負に大きく得点差をつけて勝つこと」。 「完勝」と言い換えると分かりやすい。 完勝は「勝負において相手を徹底的に打ち負かして勝こと」。 「徹底的勝利」と言い換えると分かりやすい。 「大勝」も「完勝」も相手に対して大差をつけての勝利をすることです。 得点を争う競技では得点差が大きく開くこと、格闘技では鮮やかな技を...
説教は「仏教で釈迦の教えを民衆に説くこと」。 「教え」と言い換えると分かりやすい。 法話は「仏教で釈迦の教えをより具体的な事柄にして民衆に話すこと」。 「具体的教え」と言い換えると分かりやすい。 「説教」は仏教などの宗教で教義や経典などを民衆に説き聞かせることです。 「法話」は日常的な出来事を中心に教義などと絡めて分か...
誠心誠意は「嘘や私利私欲が感じられない、本当の気持ちのこと」。 特定の行動に当たるときに使われやすい表現で、自分がそういう気持ちになっていることをアピールする意味で使用されます。 誠歓誠喜は「この上なく喜ばしいと感じる状況のこと」。 誠心誠意に言葉は似ているものの、意味は違います。 歓喜と言えるシーンで使っていきます。...
危急存亡は「何らかの危難が迫っているため、生き残ることができるか、死ぬかの瀬戸際であること」。 かなりピンチであるときに使っていきます。 生死がかかるような場面において使われます。 生死存亡は「何らかの出来事により、生きるか死ぬかの瀬戸際であること」。 意味は危急存亡にかなり似ています。 違いはほぼないと言えるのです。...
一縷千鈞は「細い糸に千鈞を吊るすこと」。 これは要するに非常に危険な状況を表した言葉であると言えます。 細い糸に非常に重いものを吊るしている状況と評価できるわけですから。 一髪千鈞は「細い髪の毛を使って千鈞を引くこと」。 こちらも結局は危険であることの例えなので、一縷千鈞と意味の違いはほとんどないと言えるのではないかと...
一長一短は「いいところもあれば、悪いところもあるということ」。 特定のものにはそういう両面が備わっていることが多いですが、そのような実態について言及する際に使われます。 一利一害は「利益だけではなく、害もちゃんとある状況のこと」。 一長一短と意味はほぼ変わりません。 でも、一利一害という言い方はあまりされないでしょう。...
一文半銭は「ほんのわずかしかない金銭のこと」。 お金をいくらかは持っているものの、非常に少ない金額しかないときに使う言葉です。 一紙半銭は「紙一枚と銭五厘のこと」。 非常にわずかなものしかないという意味の言葉です。 あってもあまり役に立たないといった意味が込められているので、そういうシーンで使っていくといいでしょう。 ...