「身につまされる」の意味と使い方・由来や例文

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「他人の不幸が自分のことのように感じられる」という意味で、自分自身は不幸になってはいないものの、他人が不幸になった状況を見て、その人と同じような思いを抱いてしまうようなときに使う言葉です。

他人の不幸が自分のことのように感じられるとなれば、自分自身も不幸に遭ったような感覚になるでしょうから、そういうときに使うということです。

「身につまされる」の意味

身につまされるというのは、他人の不幸が自分に起きたような感覚として捉えられるときに使う言葉です。

同情をしているというわけではなく、自分にも起きるんじゃないか?という不安などを感じているという状況に近いです。

したがって、恐怖心なども感じられる状況と言えます。

そういうことは実際に多くが経験している可能性があります。

「身につまされる」の使い方

身につまされるという言葉は、他人に起きた不幸が自分のことのように感じられるときに使うので、明日は我が身と思えるようなシーンで使います。

つまり、たまたま今回は他人に起きたけど、今度は自分に同じことが起きるかもしれないと感じられるようなときに使うというのが自然なのです。

そういうシーンで使うということを覚えておきましょう。

「身につまされる」の例文

「同僚がリストラに遭ったらしいですね。

うちの会社もかなりヤバイってことかな?今回は俺は免れたけど、いつ同じ目に遭うか?分からないのです。

こういっら状況を見ると、身につまされるなと思います。

自分がリストラに遭ったような気分で、仕事が手につかなくなりそうです。

でも、不安を抱えていてもしょうがないので、仕事を頑張りたいと思います。」

身につまされる思いは少なからず多くが経験している

身につまされる思いになるようなことはそんなにあるわけではないでしょう。

しかし、長く生きていれば、1度くらいは経験してもおかしくはありません。

人の不幸なのに、他人事には思えない、次は自分なんじゃないか?といった恐怖や不安を感じるようなケースはあるでしょうし、人間が生きていくうえでは不可避な状況とも言えるはずです。

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