気を取られるは「別の何かに注目してしまっている状況のこと」。
本来注目しないといけない対象ではないものに注目している状況を指しているのです。
心奪われるは「何かに対して注意が向くことで、他のことに意識が向かない状況であること」。
本来意識を向けないといけない対象に関して、意識できない状況で使う言葉になります。
「気を取られる」の意味
気を取られるとは、別の何かに注目してしまっている状況のことです。
別の何かに注目してしまうことで、本来注目しないといけないものに目が向かない、意識が集中できない状況で使う表現になります。
こういったことはよくあると言えるでしょう。
どうしても無意識のうちに他のことに意識が向いてしまうことはよくあるのではないかと思われます。
「心奪われる」の意味
心奪われるとは、何かに対して注意が向くことで、他のことに意識が向かない状況であることです。
意味は気を取られるにかなり近いと言えるでしょう。
使用頻度も同じくらいであり、そういった部分でも同じような言葉であると言えると思われます。
そのため、両者は区別しづらい面を持っていると評価できるので、そこは知っておきましょう。
「気を取られる」と「心奪われる」の用法や用例
「別の何かに気を取られるとミスをしやすい。
したがって、仕事をしているときにはいかに集中するかが重要と言えるだろう。
でも、実際はそれが常に可能とは言い難いわけだが。」
「たまたま見た映画に心奪われてしまい、そのことがずっと頭から離れない状況だ。
あまりに面白くて、そのことを頻繁に考えてしまうんだよ。
他のことが手につかないと言える。」
気を取られると心奪われるはほぼ同じ意味
気を取られると心奪われるは意味がかなり似ています。
どちらも別のことに注目しているために、本来注意を向けないといけない部分が疎かになるという意味で使っていきます。
意味において区別することはできませんし、知名度においても大きな差はないと言えるでしょう。
したがって、両者は区別しづらい言葉であると評価できます。