「世才」と「俗才」の違い・意味と使い方・由来や例文

B!

世才は「世の中の事情に通じており、上手に世渡りができる才能のこと」。

世の中の仕組みを理解しているため、どのようにすれば自分の望んだ通りになるかの術を知っているような人に対して使います。

俗才は「俗事を巧みにやってのける才能のこと」。

要するに、世の中を上手くわたっていくための知恵といった意味なので、意味としては世才と特に変わりません。

「世才」の意味

世才とは、世の中の事情に通じており、上手に世渡りができる才能のことです。

世渡りに長けた部分を持っているということで、どのように振る舞えば、世の中を上手く生きていけるのか、他の人たちが自分の思うように動いてくれるのかなどに関して熟知しているケースで使っていきます。

世渡りの才能ということで世才なので、意味は理解しやすいはずです。

「俗才」の意味

俗才とは、俗事を巧みにやってのける才能のことです。

世の中におけるいろいろな部分で世渡りに長けているという言い方ができます。

そういう意味では、世才に近い意味と解釈できると思われます。

こういう才能を持った人、持っているように見える人は実際にいるでしょう。

人とは違った能力を持っているために、どこでも生きられそうな人はいるものです。

「世才」と「俗才」の用法や用例

「世才があれば、もっと楽しく人生を歩むことができるのかもしれないな。

ただ、俺はそういう面に関しては特別な能力を持っていない。

人並み程度と言えるから、生きるのに苦労することもあるわけだよ。」

「俗才を持つ友人を見ていると、非常に羨ましいと思えてくるんだよね。

やはり世渡りが上手い人は、それだけ人生が充実しやすくなるはずだから。」

世才と俗才は意味がかなり似ている

世才と俗才については、意味はそんなに変わらないと言えるでしょう。

どちらも世の中を上手く生きていくために必要な才能という意味になります。

したがって、世渡りに長けている人に対してよく使っていく言葉なので、似たような場面で使用していくと言えるはずです。

ただ、両者ともにそんなに知名度が高い状況ではありません。

最新の記事はこちらから