教護は「非行少年などを教育して、保護すること」。
教育と保護ということで、割と意味は分かりやすいと言えるでしょう。
日常生活ではほとんど目にしない言葉ですが。
監護は「子供の生活について社会通念上必要とされる監督、保護を行っていること」。
社会通念上なので、子供にとって満足いく状況かは全く別の話です。
あくまでも常識で決定される範囲内という意味です。
「教護」の意味
教護とは、非行少年などを教育して、保護することです。
社会的に見て、害悪になりうる存在をまともな人間に教育しようとすること、同時に保護することという意味があります。
こういった行為は実際に行われていますが、多くの人たちにとっては縁を感じることはできないでしょう。
実際、知名度もあまり高くない状況と言えますから。
「監護」の意味
監護とは、子供の生活について社会通念上必要とされる監督、保護を行っていることです。
こちらは子供に対して使うため、保護者とか、それと同様の立場にある人間を対象にする言葉と言えます。
そういった存在が社会の常識に沿った面倒を見ているときに使う言葉なのです。
しかし、あくまでも社会の常識が基準であるため、子供の側がそれで満足するかは別です。
「教護」と「監護」の用法や用例
「我々の責務は飛行を行った少年らを保護し、きちんと教育して、社会に戻すということだ。
非常に責任の重い仕事ではあるが、それだけやりがいは十分に感じている状況だよ。」
「親の務めは子供を監護することだが、どのまでやるべきかの基準は曖昧だ。
基本的に社会通念上という漠然とした言葉が使われ、子供自身の意思はほとんど無視されてしまうのが現状だが。」
教護と監護は保護する点では同じ
教護と監護については、どちらも特定の人間を保護するという意味があります。
しかし、教護は主に非行に走ったことがある少年などを対象にするのに対して、監護は普通の子供を対象にしていきます。
だから、これらの言葉は使用するシーンに大きな違いが存在している状況ですから、そこに関して特に覚えておく必要があるわけです。