「相対的」と「対比的」の違い・意味と使い方・由来や例文

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相対的は「他との釣り合いで物事を判断すること」。

「関係」と言い換えると分かりやすい。

対比的は「二つのものを比べること」。

「比較」と言い換えると分かりやすい。

相対的は絶対的の対義語で、一つのもの事を絶対視しないで、二つ以上の比較や関係でもの事を判断することです。

対比的は単に二つのものの、大きさや重さ・形・色・内容などを比較してみることです。

「相対的」は客観視

「相対的」は絶対的の反対ですから、一つのもので判断しないことになり、物事を客観的に見ることとなります。

正しい判断は「相対的判断」の方が良いのです。

絶対的なことで凝り固まっていると間違えることになります。

必ず、「他はどうか」と言う考えが良いのです。

「これしか正しいことはない」という考えは非常にリスクの大きい考えになります。

「対比的」は比較

「対比的」は二つのものを見比べて判断することです。

絶対視よりははるかに良いのですし、「相対的」にも通じる考えです。

比較することでどちらが良いか悪いかが分かりますから、対象のものがどうなのかの判断が出来ることです。

出来たら二つ以上のものを比較出来る「相対的」な考えが望ましいのですが、「対比的」も優れた考えです。

「相対的」も「対比的」も絶対的よりは優れた考え方

絶対的・絶対視などは判断する際に誤ることがあります。

物事は複数の関係の中や比較検討する中で正しい判断が導きだされるのです。

マインドコントロールに陥った場合は、それが出来なくなることです。

「これはひょっとしたら違うのではないか」と言う疑問が無ければ「相対的・対比的」判断は思い付かないでしょう。

画一教育や専制政治の弊害はそこにあります。

「相対的」と「対比的」とは

「相対的」は複数の関係や対比の中で物事を判断することです。

絶対的なものの考えでは、気が付かないことも分かる優れた考え方なのです。

「対比的」も比較出来る点では「相対的」と言えます。

どちらも絶対的なことに対する対極にあるもので、考え方としては優れているものです。

そのような考え方が出来ない人や国民は過ちを犯す危険があるのです。

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