「生かじり」と「聞きかじり」の違い・意味と使い方・由来や例文

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生かじりは「表面的には知っているが、本質的な部分は全く知らない状況であること」。

知識不足とか、上辺だけの知識とか、そういう言い方が可能になる言葉と言えるでしょう。

聞きかじりは「上辺だけ理解していて、本質的な部分は一切理解していないこと」。

こういう意味なので、生かじりと意味は大して変わらないと言えるはずです。

「生かじり」の意味

生かじりとは、表面的には知っているが、本質的な部分は全く知らない状況であることです。

つまり、表面的な部分しか知らない、大して知らないという状況を表す際に使う言葉と言えます。

そういう状況を揶揄するような意味合いもあるので、意味はしっかりと覚えておきましょう。

でも、生かじりという言い方はそんなに有名ではないです。

「聞きかじり」の意味

聞きかじりとは、上辺だけ理解していて、本質的な部分は一切理解していないことです。

こちらも表面的な部分しか知らない、中身に関してはほぼ知らないという状況で使っていきます。

したがって、生かじりと意味は大して変わらないと評価できるでしょう。

生かじりよりは聞きかじりの方が使われる可能性があるので、そこは覚えておきましょう。

「生かじり」と「聞きかじり」の用法や用例

「生かじりでは意味がない。

あくまでも本質的な部分まで理解が及んでこそ、知識は役に立つんだ。

だから、勉強をするときにはそういったところまでしっかりとやるように。」

「俺の勉強の仕方は完全に聞きかじりだった。

だから、今まで失敗してきたと言えるだろう。

勉強方法を見直せば、恐らく効果がきちんと表れてくれるはずだ。」

生かじりと聞きかじりはほぼ同じ意味

生かじりと聞きかじりに関しては、どちらも上辺だけしか理解していない、本質的な部分への理解が足りていないという意味で使う言葉になります。

だから、両者は意味は特に変わらない状況であると評価できるでしょう。

両方とも同じ場面で使うことができますし、そのときにはどちらを使用しても構わないと判断できると思われるのです。

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